中身のない読書感想文
辻井喬「国境の終り」
概要 辻井喬さんの短編小説四作(「島の終り」「稀品堂の終り」「国境の終り」「地霊の終り」)を収録した単行本です。「世の終りの為の四章」と言う副題がついていますが、特に世の終り要素はありません。(終り要素はあります。)また、四作は特に連続していません。 出版は1990年。カバーのイラストは堂本尚郎さんの作品。(「連鎖反応」と言う作品だと思われます。) | |
解説のようなもの 結構サクッと読めます。と言うのも、辻井さんの小説は、「いつもと同じ春」、「彷徨の季節の中で」と言う順番で読んで、両方とも長編なんですよね。得た感想としては、何処か重苦しく屈折した、それでいて美しく綴られる情景描写(自然絡みの場合は特に)が好きなのですが、長編であるが故か、重いんですよね。話が重いのではなく、ハイカロリーな食品みたいで、読むのに体力がいるんです。この二作品はどちらとも合間合間にちびちび読んで、読み終わるまでに一か月半ほど要しました。何と言うか、気軽に読めないんですよね。かつ丼大盛りと一緒で、きちんとお腹を空っぽにしないと食べきれない。つまり、頭がすっきりしている時でないと、話が追えないんですね。間食のようなつもりで啄むと、話が全く入ってこない。(私の理解力の問題かも) と言う具合で長編小説から読んでいたので、読むのについ身構えてしまいましたが、先述の通り思いのほかサクッと行けました。短編だから長編より体力を使わず読める、と言うのは当たり前なのかも知れませんが。私は余り小説を読まないので、小説読みの常識はわかりかねます。 で、辻井さんの短編小説は初めてな訳ですが、非常に読みやすい。やはり辻井さんの文体が好みなんでしょうね。例によって辻井さん自身の体験が反映された作品ではありましょうが、どの作品も最初に挙げた長編二作のような自伝的小説ではなく、完全なフィクションだと思います。 ちなみに、「彷徨の季節の中で」は中公文庫版がおすすめです。新潮文庫版は文字が小さくて読み辛い。 |
島の終り
あらすじ 不動産会社経営者の荘田は、大洋州のどこかにあると思われるA島の開発事業に関連して、部下たちと現地視察に訪れます。A島ではこのところ土地開発が盛んに行われていて、まず荘田はその中でも特大の案件を指揮するブルース氏と工事現場の視察を行い、事業に参加するか否かを検討します。もちろんそれで終わりではないですが、私の文章力では表現しきれないのと、普通にネタバレになるのでこれ以上はよしておきます。中学からの旧友「鈴木」との思いがけない再開が物語のキーだと、個人的には思います。 | |
感想のようなもの 舞台は大洋州のどこかにあると思しき「A島」。「ハワイ諸島からかなり遠い」とありますが、おそらくモデルはハワイでしょう。九州ほどの大きさで、ハワイ島の倍程度の面積があるようです。作中で明言されていたかは忘れましたが、恐らくアメリカ領でしょう。そんなA島の開発事業の視察に訪れた不動産会社の経営者・荘田が主人公の物語です。 舞台のA島自体も、架空の島でしょうし。 突然物思いの世界に長時間没入したり、過去の回想を長々と繰り広げたりはしない(回想シーンも物思いシーンもあるにはある)ので、流し読みしても時勢が迷子になったりはしないのではないかな、と思います。ここで言うことではないですが、「いつもと同じ春」では随分迷子になりました。「彷徨の季節の中で」は読むのに時間が掛かりすぎて、読み終わる頃には序盤の話半分くらい忘れてたもんね。まあ両作ともに面白かったですよ。 ちなみに、「彷徨の季節の中で」は中公文庫版がおすすめです。新潮文庫版は文字が小さくて読み辛い。(念押し) | |
ネタバレ 展開一番いいところで話が終わっちゃいましたね…帰国後どうなったかが一番気になります。ラストシーンは鈴木の死を暗示しているのではないかなぁ、なんて思ってしまいます。どうでしょう?色々な読み方が出来ますがね。荘田が見た鈴木の姿は幻で、実際の鈴木は別の場所で斃れたのかも知れないし、海へ向かって歩いてゆく鈴木に似た男こそが鈴木で、海に向かっていたのは入水のため、声を掛けようとした瞬間に視野から消えたシーンこそ、鈴木が果てた瞬間とも受け取れます。 例えば、前日の荘田と鈴木妻との会話の後に、鈴木の妻は癌のことを鈴木に打ち明け、鈴木はその結果として、自らの命を美しい南の島で片付けることを決心したのかも…と言うのは、考えすぎでしょうか? 日本に帰った荘田は優子に真っ先に会ったのだろうか?会って何を話したのだろうか?本作では優子については断片的にしか触れられていませんが、なんとなく「いつもと同じ春」の八木律子と似たような匂いがします。 | |
備考 初出誌:「文芸」1988年夏号 |
稀品堂の終り
あらすじ 山の手のどこかにある画廊「稀品堂」を経営する大沢が主人公。大沢とその恋人?で美容室を経営する稲葉光子を中心に物語が進みます。 | |
感想のようなもの 読みやすかったです。中盤以降は、辻井さんの消費社会に対する考え方が何となく透けて見えてくる気がしました。光子がフランチャイジーになることを逡巡するシーンがそうでしょう。光子の中にあるチェーン店に対する否定的な考えは、まるで同じものが私の中にあります。 ネタバレまあ結局光子は自分の店をフランチャイジーにする決断をするわけですが | |
ネタバレ | |
備考 初出誌:「海燕」1990年2月号 |
国境の終り
あらすじ 表題作です。多分東京都内にある大学で経営学を教える「私」と、大学時代の同級生で不動産経営者の在日朝鮮人「李」の物語です。物語の語り手は「私」ですが、主人公は李でしょう。 ある時、「私」の大学の付属校に李の娘が入れるよう便宜を図るように頼まれたことから、長らく疎遠だった二人の関係が、家族を伴って再開します。 …と言うほかに、特にあらすじらしいあらすじも浮かびません(文章力不足)が、終盤のシーンでは不思議と涙が出ました。素敵な作品…と評していいのかは分かりませんが、心によく響く作品です。 | |
感想のようなもの 稀品堂の終りと同じように、世代間の価値観の相違も描かれていますが、メインは李の訪韓シーンだろうと思います。国境の終り…私は国境と言うのを未だ見たことが無いんですよね。だからか、あまり国と言う概念を意識したことがない。日本は日本語で島国だから、それを以てぼんやりと「日本」と言う国があるなあとは思うけれども、自分の町の外に他の町があって、それが連綿と続いていると言う気がしてならないんですよね。それは陸の涯を見てもなお、そう思い込んでいる。 | |
ネタバレ | |
備考 初出誌:「海燕」1990年6月号 |
地霊の終り
あらすじ 大学で経営学の講義をしているうちに、経営者の性格が私的な時間の方により端的に現れていることに気が付いた「私」は、「経営者とペット」と言うテーマで本を書こうと思い、長年の友人で動物病院院長の井口に相談します。(動物病院の顧客にはペットを飼う経営者も居ますからね) 井口が「私」に顧客リストを渡すシーンは、現代で考えるとコンプラ的にヤバイ気がしますが、どうなんでしょう。まあ結末の方がもっとヤバイですけどね。 | |
感想のようなもの 「西郷山」「菅刈」と言った小名は地図で見たような気がします。菅刈は学校の名前に残っていたような?作中の動物病院がある辺りは、荏原郡目黒町の標札を探しに行った時についでに踏み込んだかもしれません。 地名の話が出てくるとやはり盛り上がりますね。 | |
ネタバレ | |
備考 初出誌:「海燕」1990年10月号 |
全体を総括した感想
やっぱ辻井さんの作品は読み応えがあって良いですね。お高いクッキーみたいなしっとり感が好きです。短編だとサクッと読めて良い。もっと色々読もう。