港区の旧地名

港区麻布永坂町

【起立】1713年
【消滅】現存
【由来】坂の名前
【現在の地名】麻布永坂町

生き残った2つの町

 永坂と言う坂があるので永坂町。赤坂新坂町と同じですね。麻布町方書上によると、「町内北の方に長き坂これあり候につき永坂と相唱え」とのことです。町内は至って閑静な、麻布らしい宅地が広がっています。さて、この「麻布永坂町」は旧町名でこそありますが、実は行政地名として現存しています。港区の住居表示率は99%、四谷坂町のような旧町名の範囲や名称をそのまま引き継いだ住居表示は行われなかったので、区内の殆どの歴史的地名が住居表示で死んでしまった訳です(尤も、新橋などは震災復興で地名が整理されましたし、青山北町→北青山、麻布六本木町→六本木のような事例はありますが)。しかし最後の最後で、さすがにこれはよくないと気付いた人たちが居たようで、最後まで残った麻布永坂町と麻布狸穴町は住居表示を逃れ今日までその名を正式に残している訳です。

 それから半世紀近くの時が流れ、今は携帯電話で打ち込めば簡単に住所が割り出せる時代ですから、この二町の存在を足がかりに、港区の殺された地名に再び命が宿されることを祈念してなりませんし、祈るだけではなく何か行動を起こさなくてはいけないと思いもします。

 ちなみに、このいかつい金属表札が出ているのは、「永坂更科」と言う、寛政年間創業のお蕎麦屋さんです。永坂町も完全な形で残存している訳ではなく、住居表示で麻布十番に略奪された部分もありますが、この十三番地は現在も麻布永坂町です。こちらは工場か何かのようで、店舗の方は大通りを挟んだ向かい側にあります。店舗がある方は、住居表示で永坂町ではなくなってしまった部分です。

 余談ですが江戸期には「飯倉永坂町」と言う町も存在して、それらが明治初期に取り纏められたのが近代以降の麻布永坂町と言うことになります。町名の歴史は古いですが、起立時から範囲が全く同じと言う訳ではないことを、一応付記しておきます。こんなん言い出したら都会の旧地名は全部そうな気がしますが
参考文献
港区立みなと図書館編, 文政のまちのようす 江戸町方書上(三)麻布編, 1995.3

発見時期:令和8年
記事作成日:令和8年1月30日作成中
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