中身のない読書感想文

辻井喬「西行桜」(2001年)


内容

 能楽に素材をとり、舞台を現代に移した、夢幻と現実の混沌世界。時代の変化についていけない旧華族の滅びを描く「西行桜」、母の記憶、父の記憶から家族の肖像をたどる「通盛」、男と女の妖しさに入り込む幻想的な「竹生島」、人間の業、愛とは何かを問う「野宮」の4編を収録。鋭い感性と精緻な文体で人間の哀しさに迫る。
(岩波書店の書籍ページから引用。ただし、コンマとピリオドをそれぞれ読点と句点に置き換えた。)

その他

 なお、本作は2003年に河出書房新社から出版された「辻井喬コレクション 6」にも収録されています。

感想

 管理人は能楽のこと一切知らないんで普通の小説として読んでしまいました。4編すべてに同名の能の作品(謡曲)が存在しており、それをベースにしつつ全く別の作品に仕立て上げたのが本作に収録されている4編です。能楽に疎かったとしても、謡曲のあらすじくらいはおさえてから読むべきだと思います。私はいま、収録順に竹生島、野宮、通盛、西行桜と読み終えた所ですが、あとがきを読みながら本作が能を素材にしていることを思い出し、「謡曲のあらすじくらいは確認してから読むべきだった」とわりに後悔しています。
 本作を読む方で、能に明るくない方は、それぞれの謡曲のあらすじを確認しておくとより楽しめるはずです。
 さて、そんな訳で全く素材を鑑みず読んだ訳ですが、表題作の「西行桜」がとても良い。今まで読んだ辻井さんの小説の中で一番鮮やかな読後感がありました。
モロネタバレなので反転にしときますが、ラストシーンの
「僕は二、三年ヨーロッパに行ってくる」
と菊藤は言い、私は、
「そうですね」
と答えた。十五、六歩いってから彼は、
「いや、行かないかもしれない」
と訂正し、私はふたたび、
「そうですね」
と彼の言葉を諾った。
と言う場面が好きと言うか、何と言えば良いのかな…。鮮やかな読後感ってのは、何を以て齎されるかと言えば一番にはラストシーンの畳み掛けであり、殊に最後の畑と菊藤のこの問答がその極致であるように思うんです。このシーン、良くないですか?
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