港区の旧町名・散歩

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港区とは何か?

いびつであるほど美しい!

 一番わかりやすいのはTBS横(東京放送本社の横に立っている木造家屋。今は空き家だが数年前まで住人が居たと言われる。地上げに抵抗し続けていると言う噂もある、近隣ではかなり知名度が高い住宅。)ですか、ああいう風に、銭ゲバ共が建てた高層ビルが屹立するのを背に、時代に取り残されたような木造モルタル稀に板張りの住宅が建っている。これが港区的景観です。こうしたいびつな風景こそが、あちらこちらに見られる場所、それが東京都港区なのである!銭ゲバの馬鹿がありもしない幻影に浮かされれば浮かされるほど、その場所にかつてから存在している歴史の証人は美しく、そして儚く輝くのである!港区は、いびつであればあるほど美しい!

港区の成立

 港区の成立は1947年、戦後の特別区再編で、赤坂区・麻布区・芝区が合体を遂げ成立しました。このため、港区の旧町名には必ず旧区名が冠称として付きます。
 3区ともに東京府成立以来の区であり、いわば都会中の都会であります。(途中辺縁地域の分離あり。)ぶっちゃけ中央区や千代田区の方が「強い」ような気がしないでもないですが、管理人は港区激推しなので、ここが天下の大東京の中心地だと思ってなりません。

今がラストチャンス!

 港区には華があるので多くの外的脅威に晒されています。先ほども申し上げましたが港区の街並みは儚いからこそ美しい。銭ゲバどもの攻勢に対する抵抗力は著しく低くなっていると思います。現に、我善坊や三田小山町みたいな町がまるごと消滅するようなグロい「再開発」は盛んに行われている訳で。つまり、港区の可散策面積は年々減少の一途を辿っているのです。これはもう環境問題です。さらに、大規模開発といかぬでも、抵抗力の弱い古い家屋は次々に建て替えられている。その過程で旧町名物件は失われている。全ての町が陥落する前に、今歩かないと!少なくとも、「旧町名を探す」と言う行為は港区内では向こう十年で出来なくなってもおかしくない。十年後には寺以外の旧町名が全滅してたっておかしくないと、私は思います。


港区の旧町名!

 赤坂→麻布→芝


赤坂表町
令和?年

麻布永坂町
永坂更科




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